頭の上の蝿を追え

しがない某京大生が日常を綴る

中山道中車輪栗毛2日目

小鳥のさえずりで目を覚ました。小説のような話であるが本当である。

心地の良い朝とは裏腹、私の脚は悲鳴をあげ始めていた。いつものように自転車にまたがりペダルに足をかける。踏み込むと膝がずきずき痛む。「朝で体が起きてないだけやろ」と思いペダルを回し続ける。しかしなかなか痛みは引かない。どこかがおかしい。

私は一度コンビニに立ち寄り携帯で膝の痛みについて調べた。1つの記事に思い当たりがあり読み込んでいた。

膝は関節で成り立っている。その関節が運動によって擦れ続けると膝が炎症を起こしズキズキとした痛みが発生することがあるのだ。バスケットボール、サイクリング等で発生しやすいらしい。読みすすめると恐ろしいことが書かれていた。「最悪、脚を切断しなければならないことがあります。」

頭の中をいろんな思いが錯綜する。私の頭脳で緊急集会が行われ様々な意見が出された。最終的な議長の結論が出された。

「2日目の岐阜県で引き返すのは恥ずかしいし勿体無い。何せ私たちはゴールデンウィークの予定が中山道走ること以外ないじゃないか。せめてもうちょっと頑張ろう。」

決まった。小休憩を挟みまた続行する。それでもやはり脚が痛い。

ところがしばらく走っていると脚の痛みは引いてきた。私の脳内を司る議長は非常に優秀である。

本日の最初の目的地である犬山城に着く頃には完全に脚の痛みは引いていた。何が起こったのかよくわからなく不安ではあるがとりあえず良しとしよう。

少し中山道からそれているが適度に観光を挟まないとただしんどいだけである。

犬山城は現存当時の天守閣を残す城の中では最も古い天守閣をもつ。私は小さい頃から城が好きなのであるが確かに漆喰や柱には年季が入っている。犬山城を登りきった後、私はしばらくの付き合いになる木曽川が流れる先を眺め続けた。

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犬山城を後にして再び走り続ける。城下町も見物したかったが時間がない。

今日はずっと楽しみなイベントがあった。それは十三峠である。手前の大鍬宿で十分な休息と栄養(五平餅)を補給してから十三峠に挑む。

十三峠はその名の通り13の峠があることから名付けられた。全長およそ3.5km。かつて中山道で多くの人を過酷な目に会わせた峠の1つである。

なにより十三峠は江戸時代から変わらぬ区間があることでも有名で一度は行きたいと思っていた。

実際は峠というほどのものでもないがそれでも勾配のきつい坂道が続く。さらにこの峠の特殊な点はオフロードが続くということである。私はタイヤの細い自転車を使っているのでここを抜けるには押していくしかない。

紅坂一里塚は数少ない江戸時代の一里塚が残っている。

約2時間程度で切り抜けた。ずっと押して歩くのは大変だったが、原寸大の「中山道」を見ることができいい経験になった。

この日は恵那峡までの予定。写真はないが恵那峡クルーズにも乗り渓谷美を堪能できた。

しかし問題が起きた。

恵那峡は東海地方屈指の景勝地。飲食店と温泉を探していたのだが見つからない。地元の人に尋ねると「ここは温泉地だからホテルか旅館しかないねぇ。」と言われ窮地に陥った。

結局、湯快リゾートに課金。なにか負けた気がしたが温泉と夕食バイキングで元気付けられた。明日の朝飯の分まで食べるつもりでバイキングで豪遊した。

この日は65km/970mのアップ。